― 取り戻さなくていい、という安心 ―
こんにちは、ひさこです🌿
「失われた身体感覚を取り戻しましょう」
よく聞く言葉です。
でも今日は、
ちょっとだけ勇気を出して言いますね。
それ、
たぶん無理です。
…いきなり身も蓋もないですね(笑)
でも安心してください。
悲しい話ではありません。
むしろ、
ホッとする話です。
感覚は、タイムマシンでは戻れない
江戸時代の人の感覚を取り戻す。
なんだかかっこいいですよね。
でもよく考えると、
・舗装されていない道
・畳の生活
・スマホなし
・エアコンなし
そんな暮らしと、
今の私たちの暮らし。
同じ「人間」でも、
使い方がまるで違います。
だから、
昔の人の感覚をそのまま再現する。
これは、
着物でランニングするくらい無理があります。
(できなくはないけど、ちょっと大変。)
じゃあ、何を整えるの?
ここが大事です。
整えるのは、
感覚ではなく――
構造。
骨の位置。
重心の通り道。
呼吸が入る空間。
重力は、
江戸も令和も変わりません。
人体の基本設計も、
変わりません。
だからこそ「型」がある。
型は、
感覚保存装置ではなく、
構造保存装置です。
…ちょっと理系っぽい?(笑)
でも大丈夫。
難しい話ではありません。
感覚は、あとからついてくる
よく聞きます。
「なんとなく軽いです」
「なんとなく抜けました」
「なんとなく通りました」
いいんです。
その“なんとなく”は宝物。
でも、それを追いかけると迷子になります。
なぜなら、
感覚は、
構造の“結果”だから。
骨が整う
↓
重心が落ち着く
↓
呼吸が通る
↓
「あ、軽い」
この順番。
逆はありません。
軽さを追いかけても、
骨は動いてくれません。
骨は、わりとマイペースです。
40代からは「設計図」がものを言う
若い頃は、
勢いでなんとかなりました。
気合い。
根性。
なんなら徹夜。
でも40代を過ぎると、
身体がこう言います。
「構造、無視しないで?」
ごまかしが効かなくなるのです。
気持ちよかったはずなのに、
翌日どっと疲れる。
それは、
感覚だけが先走ったサインかもしれません。
立腰も、感覚ではない
立腰も同じです。
「スッと伸びる感じ」
「シャキッとする感じ」
それも大事。
でも本質は、
骨盤の角度。
仙骨の位置。
背骨の積み木の並び。
ここが整うと、
呼吸が変わり、
判断が静かになり、
余計な不安が減ります。
え、判断まで?と思いますよね。
でも本当です。
構造が変わると、
神経の働きが変わります。
神経が変わると、
心の波が静かになります。
つまり、
“凪”は、
気合いではなく、構造から。
受け継がれていくのは、誰でも同じようにできるもの。
「なんとなく」は、
その人の中では本物です。
でも、
次の人に渡すには弱い。
だから私は、
感覚だけで終わらせたくない。
「なぜ整うのか」
「どこが支点なのか」
ここまで言葉にする。
ちょっとおせっかいかもしれませんね(笑)
でも、大切なものを
消したくないのです。
今日できること
難しいことはいりません。
・足裏を感じる
・坐骨で座る
・息をゆっくり吐く
そして、
「今、骨どこにいるかな?」と
静かに確認する。
感覚を追わない。
位置を見る。
それだけで、
身体はちゃんと変わります。
骨は、
意外と素直です。
まとめ
失われた感覚は、
取り戻さなくていい。
整えるのは、構造。
感覚はあとからついてくる。
がんばらなくていい。
特別にならなくていい。
ただ、
本来の位置に戻るだけ。
身体の設計図は、
あなたの中に、もうあります。
あとは、
そっと思い出すだけ。
大丈夫。
骨は、逃げませんから🌿


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